ブランドの事実-今知っておくべきブランドの話|ブランドをよく考える |
ブランドについて、きめ細やかな方法をご紹介します。 アパレル業界の婦人服部門では、ワールド、イトキンに次ぐ、業界第三位になった時もありました。宣伝のレナウン、といわれるようになったのは、テレビのコマーシャルが、強烈なインパクトがあったためで、一九六〇年代にレナウンは、たくさんのコマーシャルをつくっていて、とくに話題を呼んだのが、一九六七年夏の、レナウンイエイエというコマーシャルで、力強いビートのきいたリズムと、シンボルマークや、展開が早い場面の構成など、新しい感覚が評価され、数々のコマーシャルに関する賞を、受賞しました。
コマーシャル効果で、レナウンのアパレル用品は、たくさん売れ、ニットは売り場におくと、なくなるニット、という異名をもつほどでした。婦人服専門店の鈴屋は、一九六〇年代後半に、飛躍的に成長したアパレル企業でした。
鈴屋が成功した理由は、仕入れ先選定の独自性にある、とされ、マンションメーカー、マンション問屋といわれる、個性的な商品作りを得意とする、中小アパレルメーカーに、仕入れ先を絞ったことでした。鈴屋のファッションは、一週間単位でかわる、という社長の発言は、的を得ていて、小回りのきく、たくさんの中小アパレルメーカーと、取り引きをして、店頭の販売員が、常に新しいファッションのことや、ディスプレーに神経を使って工夫し、商品を同じ場所に一週間とは置いていない、ということを実践し、若者ファッションの情報発信地としての役割をになうなど、鈴屋はヤングファッションの聖地となっていました。